ふわふわ出勤
昨日今日と、朝はサインバルタの他にデパスも飲んで出勤しました。
先週末から調子が悪くて下降気味なので、景気付けに。
そうしたら、会社についた頃に効いてきてフワフワほろ酔い気分になってしまいました。歩くのもフラフラで普段あまり話さないのに饒舌でした。夜に飲む時は高揚感は無く落ち着くだけなのに、何ででしょう。
お陰で結構な失敗が発覚しても落ち込みませんでした。迷惑をかけた人には本当に申し訳ないとは思うんですが罪悪感が全く生まれず、これはこれで人間として良くないなーと思います。
今回に限らず、鬱になってからどんどん自分の考えや気持ちの、本当のところがよく分からなくなっています。いまや客観的な見方は全然出来ないし、自分を自己否定という形で攻撃しまくったり、他人重視で自分の気持ちは無視するのが常です。
自分を取り戻せたら、もっと元気に楽しく人生を過ごせるのでしょうか。
早く死にたいから、成長したいとか人生輝きたいとか思わないけど。少しは楽しく過ごしたいから、自分よ私の元へ帰ってきておくれ。
何か話がそれましたが、ふと思ったので書きました。
またもや泣いた
今回通っている病院のカウンセリングを初めて受けてきました。
50分、6500円。カウンセラーは30歳くらいの大人しそうな細身の男性でした。
部屋は4畳くらいかな。
カウンセラーの壁側に机、その上にはスケッチブックと電話と花の飾り。私とカウンセラーの間にテーブル、他に家具は扇風機だけ。
部屋の中の家具や小物は扇風機以外全て洋風アンティーク調の雰囲気の物でした。
カウンセリングは、カウンセリングを受けるに至った経緯といま困っていることから聞かれました。
色々話していくとやっぱり涙がボロボロ出てくる。我慢しても勝手に流れてしまいます。
自分がダメ人間な話を延々しなきゃいけなくてそれが辛いから涙が出るのか?自分の思う人間になれず悔しくて泣くのか?自分がかわいそうで泣くのか?(これはないな。全て自分のせいだから)
何で涙が出るのでしょう。
カウンセリングの後の診察時に目と鼻を赤くした私を見た先生に、どうして泣くのだと思うか聞かれました。
本当はわからなかったけど、自分のダメなところを話していると涙が出てしまう。みたいなことを言った気がします。そう話しながら先生の前でも泣いてしまいました。
もう若くないのに人前で泣きたくないです。恥ずかしい。
カウンセリングの話に戻りますが、カウンセラーの質問に短く答える形でほとんど時間いっぱいを使いました。緊張したり泣いたりで話した事をほとんど覚えていませんが、最後にカウンセラーが、今後のカウンセリングの進め方などを話してくれた気がします。
終始言葉の細かいところまで気を遣ってくれたのは感じましたが、まず人が恐くて落ち着いて話すことが出来なかったし、相手が男性なのもそもそも無理な話でした。女の人にしてもらえば良かったです…。
それと、目標が明確に分からないカウンセリングが嫌いなことに気付きました。全体の大きな目標もありますが、私には毎回の目標が必要かなと思います。50分も長すぎると感じました。
診察をして、ひとまず次回のカウンセリングは予約を入れないことになりました。そのことに関して先生には本心は言えなかったけど、次回カウンセリングを受けたくないという事は伝えられました。
自分のやりたいように事を運べたので今日はマルです。NOと言えない人間なので…。
そして薬ですが、サインバルタが40mgに増えました。がーん。
泣いちゃったのが関係したぽい。認知の歪みに薬が効いてないそうです。
ところで、今通っている病院は50分のカウンセリングが必須で、それを受けたくないとなるとそのうち転院となるはずです。まず自分に合いそうな回復法を調べ病院を探し、いまの病院の先生にどう切り出すか…。うーん、がんばろう。
鬱病の治療についてもちゃんと勉強しなきゃいけませんね。
デブ軽減
私は子供の頃からちょいデブ体型なんですが、先月末から飲み始めているサインバルタの副作用で少し痩せました。(と言っても本人しか気付かないレベルですが。)
実感としては常に何か食べたい!状態だった食欲が、そんなに食べなくていいや〜って感じに変わったと思います。普通の一人前を食べると結構苦しくなります。
サインバルタを飲み始めてから突如としてこうなったのできっと薬のお陰なんです。ラッキー感が半端ないです。
ちょいデブには変わりませんが、食欲と戦わなくて良くなったので気持ちが楽になりました。
食べるのは好きだし、ストレス発散も、甘える対象もずっと食べ物でしたが、それなりにデブ体系は気にしてたので。
このまま元気になって趣味でスポーツとか始められたらいいなぁと思います。
珍しい
眠れません。
今日は用事で都心まで出掛け、2時間以上も歩き回って疲れているはずなのに。
眠りは浅くとも、毎日疲れで気付いたら寝てるので入眠には困っていない私です。今夜はなぜだろうと驚いています。
牛乳飲んでみたけど変化なし。
昔読んだ小説で、(西加奈子かな?)寝転んで爪先から順にスキャンされるように身体を消滅させるイメージをする、みたいな話があって(本の中ではこんな表現じゃなかったと思うけど…)それをマネしてやってみるととても不思議な感覚になるし心が落ち着くので寝る前に時たまやっていました。
それもやってみたけどいまいち。少し落ち着いたけども、まだ寝られず。
こんな日もあるわね。明日も休みだから大丈夫。
引きこもりになった話2
かなり期間が空きましたが、鬱が酷くなり大学院を辞め一人暮らしのアパートで引きこもりになった私の昔話の続きです。
引きこもりになり半年くらいが経ち季節は冬から春になる時、両親にも大学院に行っていないことがバレて学校を辞めることになりました。
私が引きこもりをしていることは家族の誰にも言ってなかったので、学校から電話がいったのかもしれません。
引きこもり以前から両親からの電話には恐くて出られず、無視してしばらくしてから震える手で「電話出られなくてすみません、どうしましたか?」とメールを返してました。
子供の頃から居づらかった実家に戻るのは恐怖でしかなかったのですが、働けない私には他に選択肢が無かったので大学院を辞めアパートを引き払いました。
治るのが遅すぎる!という親の言葉で総合病院の精神科から実家から近い個人精神医の元、薬漬けになりました。
実家では保育園児の時ぶりに母親と一緒に寝ることになりました。帰ったばかりの頃は慣れず、苦痛すぎて一晩中悪夢ばかり見ていました。
今でも覚えている恐ろしい夢の内容は自分の通う学校の同級生が殺されてその犯人が自分の母親だったということが判明し大ショックを受けるとうサスペンス調のお話し。最後に犯人が自分の母親と分かったその時は絶望したなぁ。
そのうち、家を出る前に使っていた部屋に戻っても良いことになり、そこでまた完全な引きこもり生活が始まりました。眠りは過眠に変わっていき、そして昼夜逆転生活になりました。人が活動しているのを見るのが怖いのです。だから昼間はなるべく寝ていました。
色々と当時の生活を話したいのですが、時系列的な記憶が無いのでその後一年近く続く引きこもり生活の断片的なエピソードを書きます。
基本的に日中は常に自室の布団の中にいます。
食事は一日に一回、家にいる母親が台所にいない隙を狙って摂っていました。どんなものを食べていたかは覚えていませんが、母親が私の分も作って置いていたのを食べていたのだと思います。
自室は2階、台所や風呂は1階だったので、食べ物を漁るには階段を昇り降りする必要がありました。一日中寝たきりな私は階段を一日一往復するのについに筋肉痛になってしまいました。廃人の完成です。
しばらくしたら実家の家族にも慣れ、自室から出られるくらい鬱が回復してきました。でも基本的に昼夜逆転生活で家族とあまり会わないようにしていました。当時はアメーバピグにハマっていて、そこで出来た友達と一晩中Skypeしてたりしました。今でもその友達とは仲良しです。
その友達のお陰もあり、段々元気になってくると昼にも起きて行動出来るようになりました。家事を手伝ったり日光浴をしたりしていたと思います。
とりあえず、どの位の期間をどんな風にというのは忘れてしまいましたが回復の段階としては上記のような感じでした。
因みに自殺しそうな人に家族がかける言葉でよく聞かれる、「生きていてくれるだけでいいから」を私もかけてもらいました。
でも、その数ヶ月後には「仕事はどうするの?(イライラ…)」に早変わり。
人の精神はそんなに直ぐには治らないのにね。そんな家族も同じ疾患にかかってるのにね。こっちもなるべく元気に見せようとするからいけなかったのかな。
その点、兄弟は「何か細々とネットで自営業が出来たらいいよねぇ」と言ってくれました。